日本で最初に扇(扇子)が登場する文献は『続日本紀』。天平宝字6年(762年)の項に「特に功績のあった老人に杖と共に宮中で扇を持つことを許した」とされています。
時代は下って源平合戦のころ、屋島の戦いのヒーローとなった那須与一が射落としたのが、平家の船に掲げられた旭日扇。そして、源義経を慕って「しづやしづ 賤(しづ)のをだまき繰り返し……」と舞い踊った静御前の手にあったのが「皆紅の扇」。
日本舞踊に使われる舞扇、結婚式の婚礼扇、日本間を彩る飾り扇、茶扇、講座扇……扇子の用途はさまざまに広がって、日本情緒を感じたり、表現したりするのに欠かせないアイテムとなっていきました。でも、もちろん、いちばん多いのは、風を送り涼をとるためのものです。
扇子の産地としてみなさんによく知られているのは京都ですが、東京にも伝統技法による扇子が受け継がれています。
きらびやかな京扇子に比べると江戸扇子は地味ですが、そのかわり粋ですっきりしています。折幅が広くて、骨の数も京都よりちょっと少なめです。
もうひとつ、京扇子と江戸扇子の大きな違いは、京都が分業制で、それぞれの工程にそれぞれ別の職人さんがいるのに対し、江戸扇子はすべての工程をひとりでこなさなければならないということ。そのぶん修行に時間がかかり、おのずと職人の数も少なくなっしまいます。現在、その技を受け継いでいる江戸扇子の職人は数人しかいません。それでも、すべてを自分で手がけることができるよさもあります。とりわけ、オリジナリティの部分で創作者としての喜びを感じることも多いと思います。
扇子は用途や形、サイズによって様々な呼び方があります。
もっとも一般的な携帯用の扇子です。男性用の「男持ち」は大ぶりに、女性用の「女持ち」は男持ちよりはやや小さめに軽く作られています。
日本舞踊や歌舞伎などで、舞を踊るときに用いられる扇子です。舞台で映えるように絵付けや装飾が施されいて、大きめに作られています。
能や狂言の舞台で使われる扇子です。大きさや模様、装飾は流派によって違いますが、演じる役柄によっても細かい決まりやしきたりがあります。
茶席で使われる小さな扇子。流派によって、大きさや装飾が異なり、威儀を正し、結界の役目を果たす道具なので、これで涼をとることはしません。
文字通り、飾って楽しむための装飾用の扇子です。手にとって涼をとるというより、インテリア、もしくは装飾品、工芸品として認識される扇子です。
扇子はおおまかにいうと「扇面」と「扇骨」で構成されています。
扇を支え、開いたり閉じたりするために重要な役割を担っているのは「扇骨」。たいていの扇子の骨は竹や木でできていますが、なかには象牙や鼈甲、まれに鉄でできたものもあります。いちばん外側にある骨が「親骨」。ほかのすべての骨が先端に向かって細くなっているのに対し、先端分に向かって太くなっています。さらに、閉じた扇子が開かないようほんの少し内側に矯められています。
扇骨は通常、数本から数十本。その扇骨を束ね、固定した部分を「要」(かなめ)と呼びます。肝心要(かんじんかなめ)という言葉のもとになった要です。要の具合が悪ければ、どんなによい絵が描かれていようと、開いたり、閉じたりする所作がうまくいかず、扇子としての価値はなくなってしまうのです。
和扇子の扇面には和紙を使うことが多く、そこに目的や用途に沿った装飾が施されます。
扇面は長紙、芯紙、長紙の3層構造になっており、伝統的な扇子では和紙を使用します。描かれる絵柄には、刷りによる江戸小紋などのパターン柄や絵師によって描かれた一点物の描き絵などがあります。最近ではデザインを学ぶ学生とコラボレーションした作品もあります。
扇骨は一般的に骨とも呼ばれ、開いた状態の両端の太いものを親骨、その間に挟まれるものを中骨といいます。骨は専門の職人によりつくられますが、加工法の違いなどでいくつかの種類があります。
扇子が開いたり閉じたりする時に骨を根本で留めて固定しておくもの。金属やプラスチック、鯨ひげなどが使用されます。
「せめ」と呼ばれる扇を止めておくための和紙の帯紙。
扇面も扇骨も、自然の素材を使って作られており、水に弱いのでデキルだけぬらさないようにお使いください。また、長期間使わないときには「責」(閉じたときに使う和紙の帯紙)をつけて保管してください。扇子の綺麗な形を保ち、骨が「暴れる」のを防ぎます。
ぜひ、江戸扇子の涼やかな風で、江戸の粋をお楽しみください。